Chapter4 : 混沌と絶望の日本
深夜の都市のスカイラインは通常なら静寂と冷静さを保つ。しかし、この晩はそうではなかった。街全体が轟音で揺れていた。
それは、エレキギターの狂った旋律であり、それが引き金となって都市は一瞬で混乱の渦に飲み込まれていった。
見知らぬ男がエレキギターを手に、ビルの屋上から演奏を始めると、夜空は不穏な電子音で包まれた。その音はあまりにも生々しく、町のどこにいても聞こえてしまうほどだった。
そして、その音に誘われるかのように、彼の周りに集まった男たちが動き出した。
彼らは、まるでその音が彼らの魂に火をつけるかのように、突如として活動を開始した。警察署、銀行、病院、すべてを対象に彼らは攻撃を始めた。彼らの目には、一切の人間性が欠如していた。手には棒や金棒、あるいはナイフや火炎瓶を振り回し、街を恐怖に陥れた。
人をなぶり殺し、脳みそが飛び散った様子を見て歓喜に溢れた表情をするサディスト。
女・子供を乱暴し、痛い!痛い!!!!!と叫ぶ被害者を見て、より快楽を感じ、腰を激しくして欲望に溺れる異常性癖者。
思いを寄せていた男に刃物を突き刺し、"こんな時代生きていても辛いだけだよね??アハハハハハ!!!!一緒に死んで!!!私と一緒になって!!!!"と執着心を押さえる必要がなくなったヤンデレ。
そして、一部の暴徒たちはメディアの中継カメラを強奪し、その中の一人が画面に映った。
「これが今の日本社会ですってなァ!!!!!ギャハハハハハ!!!真面目に働いてたサラリーマンの皆さん見てる~????全員死ねェ!!!ギャハハハハハ!!!!」
彼の狂気的な宣言は、全国のテレビに生放送された。その言葉は炎を吹きつけるかのように視聴者に突きつけられ、全国の人々を絶望と恐怖に陥れた。
人々はパニックに陥り、道路は車でひしめき合い、交通が完全にマヒした。通りには放棄された車や破壊された店舗が散乱し、そこかしこで火が燃え盛っていた。遠くからは警察のサイレンが鳴り響いていたが、それが人々を安心させるどころか、さらにパニックを助長した。
一部の人々は必死に逃げ出そうとしていたが、他の人々はただ無力に立ち尽くし、恐怖に震えていた。それはまるで、地獄のような光景だった。
そして、彼らの行動の背後には、全てを操っていたのが、一人の男、ギターを弾き続ける男だった。彼の顔は暗闇に隠れて見えなかったが、彼の存在だけが、この混乱を引き起こしていた。
混沌と暴力が広がる中、男は笑みを浮かべ、狂気のエレキギターの演奏を続けた。彼の旋律はますます激しさを増し、彼の周囲の暴動もまた、さらなる狂気を増していった。
都市全体が混乱と破壊に包まれ、その中心にいたのは一人の男と彼の狂気的なギターだけだった。あらゆる希望や秩序が失われ、人々は絶望と恐怖に飲み込まれ、夜空に響くエレキギターの音だけが唯一の支配者となっていた。
混沌と暴力の渦中にある屋上の一角で、二つの人影が浮かんでいた。その一人は、まるで闇そのもののように黒く、他の人影に比べてやや高身長で、その存在感だけで周囲を圧倒していた。
彼こそが、この混乱を生み出した元凶であるネームレスだった。
彼の隣に立つのは、髪を逆立て、エレキギターを体に抱き締めている男、ブラックリストNo.2、エレキック・ストリングス・ロック、通称"ロック"だった。
ネームレスはロックに向かって低く響く声で語り始めた。「どうだ? 今の日本を見てみろ。この情景と人間の真実に満ちた姿を……」
ロックはギターのネックを指でなぞりながら、淡々とした口調で答えた。「別に...これからこれがデフォになるんでしょ。でも、良いオーディエンスは沢山居そうでオーサムだ。」
その言葉に、ネームレスは苦笑いを浮かべる。彼は目の前に広がる壮絶な光景を見つめながら、ロックの無邪気な反応には驚かされるばかりだった。
その二人の会話は、まるで彼らが楽しいパーティーでも楽しんでいるかのように、楽しげで軽快だった。それは、周囲の恐怖と絶望とは対照的で、その差異がさらに彼らの異常さを強調していた。
混乱と絶望の中で繰り広げられる二人のやりとりは、これからどんな恐怖が待ち受けているのかを示唆するものだった。
だが、その一方で、ロックの言葉からは、彼がこれから何を計画しているのか、そしてそれがどれほど恐ろしい結果をもたらすのかを予感させるものでもあった。
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鈍くて激しい頭痛と、人間の耐え得る限界を超えた悪臭で、タイチは意識を取り戻した。周囲を見渡すと、彼が身を寄せていたのはゴミの山だった。
腐敗した食物、古い雑誌、使い古された家具があたり一面に散らばり、ゴミの上でぼんやりと煌めいているガラス破片や缶の金属は、闇夜の中で狂気じみた風景を作り上げていた。
彼はゴミの上でうずくまりながら立ち上がろうとした。しかし、その身体は、自分の意志とは別の何かに支配されているかのように感じた。途方もない疲労感と、わずかな動きで鋭く増す頭痛に、彼は唇を噛み締めた。
そして、何とかして立ち上がり、自身の立っている場所を把握しようとしたとき、眼前の新聞の日付を見つけた。それは一週間前の日付から大幅に進んでいた。彼の記憶と現実との間の大きなギャップに、彼は驚愕し、思わず息を呑んだ。
「一週間も…どうして…?」彼の声は、ゴミの上で小さく響いた。
記憶の中にある一週間前の出来事が、フラッシュバックのように蘇った。裁判所での暴動、ネームレスの狂気じみた攻撃、そして、彼がどうにもできなかった仲間たちの絶望的な叫び。彼は無力に立ち尽くすしかなかったのだ。
彼の心は激痛で苦しみ、その記憶を思い出すだけで吐き気が襲ってきた。胃の中から何かが上がってきて、彼は喉を詰まらせた。それと同時に、無念の涙があふれ、心の底からの絶叫が口から飛び出した。彼は痛みと悲しみで号泣し、その叫びが闇夜のゴミ捨て場に響き渡った。
「嫌だ....嫌だ....やめろ...!!!!やめろ!!!!!!!!!頼む....怖い...誰か助けて....」
壊れた心の声を吐き出す最中、目の前に落ちていた壊れかけた古いラジオから、繰り返し放送されるメッセージが聞こえてきた。
タイチは急激に襲ってくる絶望感とともに、メッセージの重大さに気付いた。「何が…何が起こってるんだ…?」彼の声は小さく、震えていた。
何もかもが襲ってくる混乱と不安、そして全てを失った絶望感がタイチを覆った。これから何をすべきか、何が起きているのか、答えを見つけられる筈もなかった。
タイチは呆然とその録音メッセージを聞き続けた。その声は、冷たく無機質で、絶望的な現状をまざまざと伝えてくる。それほどまでに混乱と恐怖に満ちた情報を、彼は次第に理解していく。
一週間の記憶がない中、ネームレスのせいで仲間を失った上、今、何が起きているのかすら分からない現状。
立ち上がることがやっとの彼は、ゴミの山から抜け出し、何か手がかりを見つけようと歩き始めた。ゴミ捨て場の外には、どこまでも続く壊れた街並みが広がっていた。ビルの窓ガラスは割れ、道路には燃え尽きた車が放置され、至る所から煙が立ち昇っていた。
かつて生活の息吹があったこの街は、今や死の静寂が支配していた。
何もかもが変わり果てたこの世界に、タイチは混乱しながらも、進むしかないと感じた。その足元に落ちていた壊れかけたラジオを拾い上げ、少しでも情報を得るために歩き始めた。彼がゴミ捨て場を出たその瞬間、最後の力を振り絞るようにラジオから放送が流れてきた。
「危険地域を避け、政府指定の避難所へと移動してください。住民は自宅に残らず、速やかに避難してください。このメッセージは自動放送で、定期的に繰り返されます。状況が改善されるまで、絶えず身の安全を最優先に考えて行動してください。」
これが繰り返される度、タイチの心は一層冷えていった。
何故自分は生き残ってしまったのだろう、あの強盗の日に、自らが囮にならなければ、運命が変わっていたのか?
ネームレスの問答に首を縦に降らなければ良かったのか?
あの時、タイチたちと一緒に死ねば良かった。何でこんな怖くて苦しい思いをしなきゃいけないんだ。
何で、お前は生きているんだ...仲間を裏切った殺人鬼が...生きる価値があると思うなよ...ゴミクズ野郎。
死ね...弱虫が...自殺しろ!!!!
ママ怖いよ...助けて...助けて...
そんな思いがタイチの心に駆け巡っている、しかし、皮肉なことに自身の足は前に進む。胃酸で口が酸っぱい中、腹は狩猟の笛のように鳴り響く、そんな生存本能にしか頼れない状況の中、タイチは一歩一歩と前に引き寄せられるように歩いて行った。
タイチは足元の歪んだアスファルトを見つめながら、一歩、また一歩と前に進んだ。彼の体は街の荒廃に適応していくが、心はそう簡単には逃れられない何かに縛られていた。
突如、彼の視界が揺れ、現実とは違う景色が広がった。かつて彼らが笑っていた居酒屋のカウンター、仲間たちと打ち上げていた時の風景が浮かんできた。そこには、彼の仲間たちがいた。
カケル、ショウタ、ハジメ、ユウタ…彼らは元気に笑い、ジョークを交わし、ビールを飲んでいた。
だがその笑顔はすぐに消え去り、代わりに彼らの死の瞬間が映し出された。血まみれのシャツ、ショックで広がる瞳、そして最後の息を吹きかける口元。それぞれが別々の時間、別々の場所で亡くなったはずなのに、全てが一瞬で頭の中に蘇ってきた。
「タイチ…なんでお前だけ生き残れたんだ…」ショウタの声が聞こえた。かつて彼らが共有していた時間、笑顔、すべてが彼を責め立てる。他の仲間たちも口々に彼を非難した。
「何でお前だけ…」
「何で逃げたんだ…」
「お前は俺たちを見捨てたんだろ…」
彼らの声が響き渡る中、タイチはその場に崩れ落ち、泣きじゃくった。「ごめん、ごめんな…」と謝罪の言葉を呟き続けた。だが、仲間たちの声は消えず、彼を目の敵にするように激しく責め続けた。
絶望の中、タイチは過去と現在が交錯する街をさまよい続けた。崩壊したビル、廃墟と化した家々、彼の心の中と同じように破壊された世界。まるで彼が生きていること自体が何かに反逆するかのように感じられた。
そして、彼がたどり着いた先は、かつて彼が生まれ育った家だった。しかし、その家はもう、彼が記憶する暖かい家ではなかった。窓ガラスは全て割れ、扉は半分壊れていて、まるで暴風に見舞われたかのようだった。
心臓が縮み上がる感覚を押し殺し、タイチはゆっくりと家に足を踏み入れた。部屋の中は闇に飲まれており、ほのかに漏れる月明かりだけが彼の道しるべだった。
そして、彼の目に飛び込んできた光景に、タイチは全身から力が抜け落ちるのを感じた。
彼の両親が、大量の竹槍で串刺しにされ、床に倒れていた。顔色が蒼白に変わり、口からは血が滴り落ちていた。彼らの目には、死の間際の恐怖と絶望が映し出されていた。
「お父さん...お母さん...」彼の声は震え、目には涙が溢れた。彼はその場に崩れ落ち、何もかもを投げ出したくなるほどの絶望に襲われた。
これ以上、この世界で生きることは無意味だと思われるほどの絶望が彼を包み込んだ。彼は死んだ両親の隣に座り、竹槍を手に取った。その冷たい感触が彼の心をさらに凍りつかせた。
それは、死への誘いだとタイチは思った。竹槍の尖端は冷たく、その存在は彼の最後の道を示していた。彼は優しく槍を自分の胸に当て、深呼吸をした。閉じた目には、仲間たちの顔が浮かんだ。
カケル、ショウタ、ハジメ、ユウタ...そして今は無き両親の愛おしい顔。
彼らと再会するために、彼は槍を胸に突き立てる決意をした。その瞬間、彼は全ての痛みから解放されるだろうと思った。
しかし、その瞬間、仲間たちの声が彼の頭の中で響いた。
「タイチ…なんでお前だけ生き残れたんだ…」
「何で逃げたんだ…」
「お前は俺たちを見捨てたんだろ…」
彼らの声が彼を非難し、彼の心はさらに混乱した。
槍の尖端が彼の肌を少しだけ突き刺す。微かな痛みが彼の心に響き、彼は突然、現実に引き戻された。彼は突然、竹槍を床に放り投げ、その場で震えながら泣き崩れた。
その時、遠くの方から騒がしい音が聞こえてきた。何となく聞き覚えのある、大音量のスピーカーから響いてくる人の声。彼の心が落ち着く間も与えず、その声は彼の耳に届いた。
「おい、バカ野郎ども!目を凝らして聞け!この世の現実とやらは、お前らを見捨ててやるぜ!誰もお前のことなんか助けてくれねぇ!理解できたか、何も出来ないノーマルども!!!!」
彼の血が凍るような、憎悪と蔑視に満ちた声。それは遠くの方から彼の方へと伝わってきた。そしてその言葉の残酷さが、彼の心にさらなる傷を刻んだ。
「周りの奴等はクソみたいな腐ったゴミクズさ!お前らの望みや悩みなんて知らねぇよ!それどころか、自分の陰湿な楽しみのためにお前らを虐げるのさ!ぶっ潰してやりたい衝動がムクムクと湧いてくんだよ!」
言葉の一つ一つが彼の心に突き刺さる。その毒舌が彼の心をさらに深く傷つける。
「お前を囲む現実、見てみろよ!人権なんてものはねぇ、気に食わねぇ奴はいつでもヤろうがぶっ殺そうが構わねェだとよ。」
タイチはその場で立ちすくんだ。その声がまるで彼自身を指しているかのように感じた。そして最後の言葉が、彼の耳に届いた。
「今から全員死刑だ!!!おめぇらサラリーマン・妊婦・ガキ・ババアども全員ぶっ殺してやらぁ!!!!!」
彼の心は恐怖で震え、体は硬直した。絶望が彼の心を満たし、彼はその場に座り込んでしまった。そして、彼は突然、自分の心が自分自身を非難しているのがわかった。
彼の内側で、絶望と怒り、恐怖と悔いが混ざり合い、壮絶な渦を巻いていた。その全てが一瞬にして胸を焦がし、言葉にならない叫び声を口から迸らせる。彼の心は、全てを呪い、全てに絶望していた。
この世界はおかしい。誰も彼のことを理解してくれない。皆、自分たちだけの世界に閉じこもり、他人の苦しみなど無視している。その無情さ、無関心さが彼の心を刺す。タイチはその全てを強く憎んだ。
そして、彼は自分自身を憎んだ。何も出来ずにただ傷つき、ただ泣いている自分を。その弱さ、無力さが彼を苛立たせる。彼は自分がこの世界で何も変えられないことに絶望し、そして怒った。
「何で...何でこんなことに...!」タイチはその場にひざをつき、全てを呪いながら叫んだ。「こんな世界、もうどうでもいい...全てが、もう...」
しかしタイチの身体は竹槍を地面に突き刺し、自分を支えるようにして立ち上がった。
「あぁ...何なんだよ....もう....」
震える心とボロボロの身体に鞭を打ち無理やり前を向き、目を閉じて深呼吸をする。
「馬鹿かよ...他人の叫び声や憎しみがまだ聴こえる方がマシに思えるなんてよ...」
タイチは竹槍を支えに立ち上がった。まだ全身から力が抜けていて、足元がふらついていた。でも、立ち止まることはなかった。ゆっくりと、彼は自宅の廃墟から出てきた。涙でぼやけた視界を何度も拭きながら、彼は前方にある暴力の渦中を見つめた。
狂乱の中、彼が目にしたのは人々が恐怖と憎しみで血を流している光景だった。廃墟と化した通りに、残党警察と暴徒たちが血みどろの戦闘を繰り広げていた。武器を振りかざし、威嚇の声を上げ、人々はお互いをぶつけ合っていた。その全てがまるで地獄のようだった。
残党警察は疲弊した表情で、しかし必死に抵抗していた。彼らは秩序を守ろうと奮闘していたのか、それともただ生き残るために戦っていたのか、その目にはただ絶望しか見えなかった。
一方、暴徒たちは狂気に満ちた目で、ひたすらに攻撃を続けていた。彼らは復讐の怒りに燃え、全てを破壊し尽くすことだけが目的のようだった。彼らの叫び声が、夜の静寂を破り、タイチの心に深く突き刺さった。
タイチはその光景をただ見つめていた。彼の心は混乱と絶望でいっぱいだったが、それでも彼はその場に立ち尽くして、残酷な戦闘を見つめ続けた。彼の目には、死と破壊、そして人間の悲劇が焼きついた。
タイチが破れたドアを押し開けて外に出ると、そこは一面の戦場だった。かつて人々が安心して生活を営んでいた街の一部は、破壊と殺戮の渦に飲まれていた。街の至る所で警察と暴徒が刃物や銃、竹槍で互いに殺し合っていた。
そして、その中心に立っていたのは、ギターケースを背負った一人の男だった。「ずいぶんと腐ってるようだな、タイチくんだっけか?」と、男は笑いながらタイチに語りかけた。
タイチは瞬時にその声が自分に向けられていることを理解し、立ち上がり振り返った。「誰だ、この野郎!!!」とタイチは叫びながらその男に殴りかかった。
しかし、男は落ち着いてエレキギターをケースから取り出し、一弾きした。その音はあまりにも大きく、タイチの耳を痛烈に攻撃した。彼の頭は激痛に襲われ、膝をついて地面に崩れ落ちた。
男はギターを掻き鳴らしながら、「じたばたするんじゃねェア!!!」と叫び、再び音を鳴らした。その時、タイチは全ての感覚が一瞬で引き裂かれるのを感じた。
痛みで意識が遠のく中、男がギターの音を止め、近づいてきた。「どれ...やっと...お話できる具合に落ち着いたかい?タイチくん?」男は優しげな声で尋ねたが、その眼差しは明らかに狂気を秘めていた。
痛みで意識が朦朧とするタイチに対し、男は余裕ぶった笑みを浮かべながら言葉を続けた。「俺としてもテメェみたいなシケたツラの野郎と合うのはお断りだったのだが、ナナシ君がうるさくて仕方がなくてよ...」
男の口から名前が出た瞬間、タイチの心が痛みで冷えきった体に血が戻るのを感じた。「ナナシ?てめぇ!!!ネームレスを知ってるのか!?」と、タイチは全ての痛みを忘れ、男を睨みつけた。
ネームレス...その名を聞くたびに彼の心は痛む。かつてタイチがブラック企業への復讐強盗の際に出くわした男だ。彼はその男の思想に興味を抱き、一時的にその下についていた。しかし、彼の真の姿を知ったのは、裁判所での暴走の時だった。
その日、ネームレスはテロリストと共に全てを破壊し皆殺しにする中、何故か自分を殺さずに情けをかけられた。彼の狂気の行動で、タイチは仲間を全て失い、自分自身も全てを失ったのだ。
目覚めて朦朧とし状況に混乱している中で奴の存在を忘れていたが、ようやく思い出した...俺が殺すべきあのサイコパスを!!!!
タイチは男を睨みつけながら立ち上がった。「ネームレス...てめぇ...とどういう関係があるのか教えてくれ!」と、彼は力を込めて言った。
男は彼の言葉を聞いてゆっくりと笑い始めた。「ほう、それは面白いことを聞いてくれたね、タイチくん。だが、それについて話す前に、オメェが何を知っているのか教えてくれ。そうすれば、テメェが求めている答えを、きっと俺ァは提供できるだろうよ。」
エレキック・ストリングス・ロックの問いに対し、タイチは深く息を吸った。彼の心は怒りと復讐の炎で焼き尽くされ、しかし同時に混乱と不安も感じていた。彼が何を知っているのか?彼は本当に自分が探している答えを持っているのか?それとも、これはただの罠なのか?
タイチは目を閉じた。彼の心の中にある疑問、不確実性、そして混乱が彼を襲った。しかし、彼はそれを押しのけて前に進むことを選んだ。なぜなら彼にとって、これが最後のチャンスかもしれなかったからだ。
そう、彼がこれまでに経験したすべての苦しみと悲しみ、すべての痛みと失望、それら全てがこの瞬間に集約されていた。
目を開け、彼は直視した。そこに立っていたのは、闇を纏ったエレキック・ストリングス・ロックだ。
そして彼は言った、「俺が何を知ってるのかって?俺が知っているのは、お前が手に入れたい答えだ。それが何なのか、お前自身が語れ。」
男の唇が薄く微笑む。それは細工された舞台の上で待つ狡猾な語り手のようだった。「それなら、さぁ、始めるとしようか...タイチくん。」
その言葉が終わると、エレキック・ストリングス・ロックはギターを手に取り、弦をなぞった。その響きは、夜の闘争と混乱に満ちた街を静けさに包み込んだ。
それは、物語が始まる前の静寂だった。タイチは息を止め、その言葉を待った。これが、全ての真実が明らかになる瞬間だ。
一方、遠くでは街の灯が薄闇にぼんやりと光を放っていた。明けない夜が広がり、物語は深淵へと進んでいった。